なるべくまいにち

名古屋で暮らしてます

紙にかきたい

脚本をかいてる。

かく、といっても書いてはボツ、書いてはボツである。書けないときはとことん書けない。書けるときは一発で書ける。何の気なしに走り書きしはじめたものが最後までできて、上演に至ったことも何度かある。

先にここはこういうやり方で、というのをあらかじめ狙ってかくことがたびたびあって、そういうときは案外するする書ける。それに対し、ぼんやりしたところからじっくりかくのは、もうひらめきの運頼みみたいなところがある。

それでもそういう書き方のほうが、振り返ると気に入るものがかけていた。少し省みてみたらそれがわかったので、ちょっと辛いけれど、うんうん唸りながら書き直している。


夏にやったAAF『こころ』と先日の『平成』は、パソコンで書くようにしてみたのだけれど(それでも手書きで下書きなどしてたが)、手書きに戻すことにした。

パソコンで書くと、速く打てるので便利なのだけれど、書いている実感があまりない。ノートに書くと、あとから見返したときどんな勢いでかいたかがわかりやすく文字にでているので、同じことばをかきつけたとしても手応えが違う。


最近かく脚本は、脚本というよりうたの歌詞みたいな形になっていることが多い。とりあえず書きだすというときには、ト書きとか役の割り振りはじぶんが最低限わかるようにしか書かない。

そのままノートをコピーして配布してしまうこともある。わかりにくいから役者には申し訳ないけれど、それでも書いたときの手応えが少しでも伝わる気がして、ぼくは手書きコピーの方がやりやすい気がする。


こうして書いている文章は脚本からの逃避だったりする。スマホの画面でぽちぽち打っているのだけれど、やはり書いた実感はいまいちわかない。やっぱり紙だと思うぼくは、古いタイプの人間なのだろうか。
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