なるべくまいにち

名古屋で暮らしてます

新年の考えごと

今年もまた、劇場で新年を迎えた。

年末演劇イベント『ミソゲキ』に今年も出場。恒例のカウントダウンイベントで今年も年を越して、あけた直後にきかれた新年の抱負で、とっさに出たのが「夢を描く」ということばだった。


21世紀になって15年目。どうやら2015年はバックトゥザフューチャーの未来の年号だったり、エヴァンゲリオンの舞台となっている年だったりするようだ。2001年のときもそうだったのだけれど、いつかに描いた夢の時に追いつく、というのはなんだか不思議な気持ちになる。

宇宙の旅も鉄腕アトムもいないのと同様、タイムマシンもエヴァも使徒も実際にはいないけれども、短距離男道ミサイルの作品「ギャオスの話」じゃないけれど、もしかしたらそういうものが、目に見えないかたちでそういったものがすでに私たちの身近にあるのかもしれない。


そして、21世紀ももう15年が経つという事実に、この間にいつのまにか大人になり、次第にいい歳になってきつつあるぼくくらいの世代が、例えば親になったりしていくという年代であるということに向き合ったとき、果たしてじぶんの子どもに明るい未来を夢見てもらうことはできるのであろうか、というようなことを妄想する。


内田樹先生のブログに、平田オリザさんのメールの引用があって、その中に「日本は滅びつつある」ということばがあった。ここに書いてあることは読んでいてその通りだなと思った。


こういう状況であることを引き受けた上で、それでも自分たちはまだまだ50年くらいは生きていくことになるだろうし、20年、30年後には今生まれてくる子どもたちが今のぼくと同じ位の歳になっていることになる。

21世紀に入ってから停滞しているように思っていたけれど、これは停滞ではなくてピークで、これから先はきっと、これまでとは違う未来を描いていかなくてはならない。エヴァもアトムもある意味現実みたいになってしまった後の世界だから、ぼくらはもう小さなころ見ていたアニメのような未来を夢見ることはできなくなった。果たして子どもにどんな夢を見てもらいたいのか。これからをまだ生きていく私たちは、どんな夢を見たいのか。

夢、というのは幻想ではなく、思っているとなんらかの形で叶うものだと思っている。世界の終わりばかり想像していたってそれは終末を望み、自ら招くという結果にしかならない。それは嫌だ。だから今こそ、新しい夢を描きたい。劇作家の端くれである以上尚更だ。そう思っている。


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