なるべくまいにち

名古屋で暮らしてます

「銀河鉄道殺人事件」のこと

だいぶ日があいてしまいましたが、5/6に新栄トワイライトにて上演した、トワイライト・エクスプレス「銀河鉄道殺人事件」のことを書こうと思います。

新栄のCLUB ROCK'N'ROLLというライブハウスにて演劇イベント「新栄トワイライト」をはじめたのが二年ほど前。これまでにのべ49組が出演してくれています。

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先日のvol.6は特別公演ということで、スタッフである四人がそれぞれ推薦して四組に出演いただきました。

これまでの活動を通じて「やりたい」という気持ちを感じる機会が多くて、たとえば役者としてもやりたいと思っている人はいるんじゃなかろうか?と思い、ぼくは自ら作・演出で、メンバーを公募することにしました。

団体名は「トワイライト・エクスプレス」。新栄トワイライトの"トワイライト"から連想し、電車名でありそうな名前にしました。(検索したら、やはり実際にありました)

電車名なので、作品名も連想から。宮沢賢治や999の"銀河鉄道"と、鉄道ミステリーから"○○殺人事件"が思いつき、二つを合体。「銀河鉄道殺人事件」とつけました。


この段階ではまだ作品の構想はなくて、募集開始のためにつけた名前。募集期間の間に構想を膨らませ、実は「銀河鉄道の夜」を原案にした、ジョバンニが犯人のミステリーを考えてました。しかし今思えば当然なんだけど、そもそもミステリー書いたことないし、この段階では誰が出るかはおろか、何人出るかもわからなかった……。

いざ集まってみれば7名もの方に参加いただきました。四人集まればいいな、と思っていたので、予想以上で嬉しかった。

結局アイデアはいくつも出しておいたけど、初回の顔合わせではまだ台本はナシ。そのあと何度も書いてはボツにして、結局2稿目くらいで書いたものを採用。電車内で乗り合わせた人々の会話という、当初のイメージとは違う(?)、大人しいものになりました。

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稽古回数はとても短いもの。「トワイライト・エクスプレス」の名のとおり、超特急でした。公募ということもあり、非常に限られた時間で、しかも初対面の人同士の方も多いメンバーという状況で作品をつくりました。

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参加いただいたメンバーも多様で、過去に一緒にやらせてもらったことのある先輩から、昨年の演劇講座の参加者、そして学生演劇で活動している大学生などなど。当然、経歴はもちろん年も離れていたりとバラバラなんですが、皆さん仲良くやってくださったので、たのしい稽古場でした。

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作品づくりも、短い時間だというのに様々なやり方を試したりして、時間のわりにじっくりつくっていきました。台本を書いた時点では考えてなかったようなアプローチに辿り着けた。

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上演当日はGWの間の平日。仕事終わりに会場にかけつけてもらったりしてリハを終え、本番に臨みました。


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銀河鉄道殺人事件」。
一人のバンドマンが練習スタジオに向かう道中の電車内で、聴こえてくる会話。銀河鉄道にまつわる話や、初めてライブハウスに行く高校生、仕事帰りの上司と部下……。なんの関係もないそれぞれの話が、なんとなく繋がってバンドマンの彼のことを描きだしているようなおはなし。ゴイステの「銀河鉄道の夜」が流れるイヤホン越しに聴こえた、会話の断片の物語。

ぼくの作品の多くは、地味で暗くてわかりにくくて退屈、でも静かで独特の空気感があって私小説的……、みたいなことをよく言われる気がする。今回は別団体でありながらも、作品としては、そういう意味ではかなりぼくって感じになった。

たしかに出てくるエピソードはぼく自身の個人的な経験がもとになっているし、それらを通して今現在の自分の感じを正直に作品にのせた。こう書くとものすごく個人的なことなんだけど、個人の話ではなくて、名古屋で暮らす若者男性や、乗り合わせた人々の像を描こうとした。


"銀河鉄道"を夢のモチーフとしたとき、それを"殺人事件"、殺すというところが軸になっている。夢追い人であるもう一人の自分を殺して、そうでない選択をするという……はっきりとそうとは作中で語ってないけれど、そういうお話。こう書くと悲観的な印象になるかもしれないけれど、そうではなくて、仕事を辞める後輩とその先輩の会話や、高校生カップル(?)の女の子が何度も口にする「大丈夫、大丈夫」という言葉などから、決して後ろ向きではなく、あくまで前に進む話であればという思いもありました。

もっとも、書いたときには思って書いたわけではなくて、あとからこう振り返るとそうだということなんですが……。演出としては後ろにも前にも傾きすぎない、ちょうど止まってる、位の塩梅をイメージしてた。

これはBUMP OF CHICKENの「銀河鉄道」という曲でなるほどと思ったんだけど、「ぼくのからだは止まったままで/時速二百キロを越超えている」という歌い出し。止まってるように思えていても進み続けているのだ、という……そうそう、つくっているときは、銀河鉄道にまつわるうたもいくつか聴いた。







それらの曲を聴いて、宇宙に浮かぶさびしさ、みたいなものも空気感に影響を受けた。稽古場では、それぞれのパートが星座を結ぶように繋がれば、とか、ラストが星の終わりで……とかも言ったような気がする。

こんなに記憶が曖昧みたいになってるのは、半分は稽古場では色々実験していたからどの段階で口にしたのか思い出せないというのが正直なところ。言ってないこともあるかもしれない。


こうして自分の作品について自分でああだこうだ書くのはなんか抵抗感あるんだけど、どうなんでしょう。観てもらえた方に何か、感触のようなものがあれば嬉しいなと思います。演劇作品はその場限りで消えていってしまうもので、モノとしては何も残らない。(まぁ、台本とか映像とか、残せるものは色々あるとは思うけど、モノ自体は残せない)

なんでそんな不確かで儚すぎるやり方を選んでるんだろうとときどきふと思うのだけれど、たとえば映画撮りたいとか小説にしたいとか、そういうことは全く思わない。ブログ記事もそうなんだけど、あとから読み返すと恥ずかしくなる。翌日のじぶんはもうそんなこと思ってないのに、モノとして残っちゃうと、"今も思ってる"みたいになっちゃう、その感じがなんか苦手なんだと思う。

その日そのときの想いに嘘はないけど、それはその時かぎりの賞味期限ですよ、という感じがライブや演劇作品では可能。食べ物の味と一緒で、たとえば同じビールでも夏の野外で飲むビールはやっぱり格別、みたいな。ビールだとアッパーな感じがするなぁ。今回の作品でいえば、ライブハウスで弾き語りを聴くときのテンション、みたいなのはイメージにあった。行ったことない人はぜひ行ってみてください。

白線の内側のライブが迫ってます。



この日は白線の内側以外は弾き語りです。
新曲ができかけてます。7月にはまた大阪にも行きます。