孤独部の日誌

名古屋とサウナとひとり旅

最近の悩み

誕生日がきて、また1つケタの数字が変わったことで、果たしてこのままでいいのか、ということをここ最近ずっと考えていた。今も考えている。

ものすごく個人的なことなので、自分自身で決めるしかないことだけど、個人的に大問題な気がしていて、まわりの人に相談に乗ってもらったりしている。

あんまり相談が得意ではない。うじうじ悩んでることをそのままうじうじ言ってしまう感じで、なんだかうまく相談できない。こういうときは、たぶん腹は決まっているのに不安なだけだというのが過去のパターンで、たぶん今回もそうなんだと思う。住めば都、みたいなこと。なってしまえばなんとかなるとは思う。

 

珍しくそんなことを考えているのは、やはり、一区切りつけようという思いが自分の中に沸いてるからだと思う。今年に入るあたりから思っていた。これまでやってきたことには区切りをつけようと。このまま今の感じでだらだらやっても仕方ない。かといって今より思いきって踏み出すのは、もうモチベーション的にいけそうにない。だったら、辞めようと。きっぱり辞めるわけでなくても、一旦離れるつもりにしようと。その気持ちは一つ現場を経て、以前の自暴自棄的な気持ちではなく、冷静な気持ちで思えている。「このまま続けても芽は到底出ないだろう」と、悲観的になるわけでもなく、冷静に、客観的に捉えられている。

 

となるとやることは一つで、別の道を探すしかない。このままだらだら現状維持するのもよいけれど、やはり楽しみの一つだったそれに期待できなくなっているのなら、あたらしいステップを踏み出す必要がある。そう考えての決断だ。

 

一度きりの人生なのだから、と青くさい気持ちになれなくなってきているけれど、まぁ冷静にみてそれがよいわな、と、自分のことを思う。

 

これから先、どうなるんだろう。それはきっと誰しも少なからず不安に思うところがあると思うのだけど、みんなどうやって折り合いをつけてるんだろう。目先のことに忙しくしていると気は紛れる。今までそうやってやり過ごしてきた気もする。でもそれじゃいけないと、このままだとなんにもならないと今は思っている。

 

なんにもならなかったと、過去の取り組みに対してすこし思う。なんにもならなかったわけではないけれど、まぁ、もうそういうのはいいのかな。もっと別のやり方も本当はあったのかもしれないけど、振り返ってもあまり後悔はない。結局その道は最初から見えてなかったんだ、と思う。ラッキーなんてなかった。

 

最近何かで読んだ、「人生は自分の思ってる七掛けくらいの結果で進んでいく」というのがなんか、その通りだなぁと思う。たしかソラニン新装版のあとがきだったかな。ようやく新装版収録の後日談を読んだ。とてもよかった。生きてる限り人生はかわらず続いていく。