孤独部の日誌

名古屋とサウナとひとり旅

ヒップ・ホップ

HIP-HOP。そのイメージに反して、語感はとても明るい。「ヒップホップ」である。なんて浮かれた言葉だろう。同じ浮かれるでも「うぇ〜い」という感じではない。「ひっぷほっぷ」だ。なんてルンルンなのだろう。ここでよくよく字面をみてみよう。「ヒップ-ホップ」だ。ヒップといったらお尻じゃないか。ホップといえば、ホップステップジャンプじゃないか。ホップは、ステップジャンプより軽やかに跳ねているような心地がする語感だ。ヒップがホップ。いったいどういうことだ。お尻が跳ねているということなのか。クレヨンしんちゃんに"けつだけ星人"というのがあったのを思い出す。しんちゃん、あのけつだけの格好でかなりコミカルに動く。驚くべき速さだ。ヒップホップとはそういうことだろうか。


風呂上がりのことである。新調したパンツがぴっちりしたものだったので、履いてみて思わず、尻を触ってしまった。人のだったら大問題だ、自分のお尻である。冷静に振り返ると、自分のお尻をまじまじと触る光景もおかしい。ぴっちりしたパンツの上から触ったお尻は、いつもよりハリがあるように感じた。そもそも、自分のお尻をそれほど気にすることもふだんあまりないのだが。次の瞬間、思わず叩いていた。パチン。いい音がなる。もう一発、パチン。もう一発、パチン。


気づくとノリノリで自分のお尻を叩いていた。右手でリズミカルにお尻を叩いているうち、手もお尻も左右二つあることに気づいた。わたしはエイトビートを刻んだ。リズムは軽やかに、そして勢いを増していく。


気づくとわたしはうたっていた。否、それはメロディアスなものではなく、リズムにのせて言葉を紡いだものだった。思いのままに。お尻の奏でる軽やかですこし馬鹿馬鹿しい音に載せて。


わたしは、ヒップホップの原点をみた。ヒップでホップするあのグルーヴ、きっとまだ私たちの先祖がマンモスを捕らえ棒で火を起こしていた時代、このようにして音楽は、ヒップホップの原点は生まれたのだ。


パンツ一丁という、ほぼ全裸の姿で、わたしは先祖に思いを馳せていた。ここは21世紀である。