孤独部の日誌

名古屋とサウナとひとり旅

おっさんになってしまう

年末年始にいろいろ考えて、考えたけどとくに答えらしいことはまだ何もでていなくて、ゆっくり考えていこうという気になってる今日この頃。

 

このブログは、ときどき思ったことなどを書きつける日記のようなつぶやきのような感じで続けてみようと思います。

 

年始はほとんど寝正月で、家や近所でだらだらすごした。実家もないので近くに住んでる母親には会ったけど、田舎に帰ってる父親には会っていない。おかんにあたらめてきいたら、おばあちゃんももうかなり高齢。

 

正月のお笑い番組や懐かしの歌謡曲の番組を流し見していたら、父親のことを思い出す。

寝室にあった小さなテレビを、横になりながら見ている父。意外と自分が父親似なところあるんだなあと、離れて暮らすようになって気づいた。今年の正月は、なんだかそれを強く感じた。だんだん父親に似てきている気がする。

 

だんだん自分がおっさんになってきたな……と感じるこの頃だけど、自分の中にあるおっさん像はほとんど父親だということに気づいた。自分は、父親以外のおっさん的な人のことを知らない。もしかしたら世間のおっさん像とは違うのかもしれない。

 

最初にかいた考えごとというのは、この年になって(今年で30になる学年なのです)どうなりたいか、というか"どうありたいか"みたいなことなのだった。 

「三十歳までなんか生きるな」と思っていた

「三十歳までなんか生きるな」と思っていた

 

 保坂和志のこの本を思い出す。何年か前に買って読んだのだった。また読み返してみようかな。

30なんておっさんだと思っていた。今も現役で活躍してるGLAY、中学の頃大好きだったんだけど、ちょうどその頃30だった。20万人ライブは20代での出来事なのだ。すごい。

TAKUROの自伝もそれくらいの歳で書いてたんじゃなかったっけ。

 

胸懐

胸懐

 

 30まで生きるなんてほんとに思ってなかった。ロックスターが27くらいで死ぬ、みたいなイメージあったけど、そんなかっこいいものじゃないにしても30まで生きてる自分なんて想像してなかった。今も正直あまり信じられない。気持ちは20になるあたりで止まってるつもりだけど(さっきさらっと、30になる"学年"ってかいた、早生まれなのでいう意味だったんだけど、未だ学生的な数え方してることに我ながら驚いた)、体力のなさが年々歳をとってることを実感させてくる。

やばいなあ、と思う。ぼくは「ぼくは勉強ができない」の秀美くんみたいな人間になりたかったはずなのだけれど、もうこのままじゃただのおっさんになってしまう。

 

 

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)